関数型プログラミング言語を触っていると,「モナド」という言葉が登場します.関数型プログラミングの文脈でのモナドは,圏論という数学の一分野が元ネタです.しかし,モナドにはさらに元ネタがいます.高校の倫理をやった方は,聞き覚えがあるかもしれません.そうです.ライプニッツです*1.
私は圏論の論文を一切読んだことがなく,Wikipedia 情報でしか知りませんが,どうやらソンダース・マックレーンという人がライプニッツのモナドを借用して命名したのがこの,圏論のモナドなのだそうです.
当初は圏論の勉強をしてからライプニッツのモナドの記事を書いてみたいなと思っていました.しかし,案の定数学の素養が足りず,学習に難儀したので断念しました.またの機会にします.
なお私はそもそもライプニッツが専門だったわけではありませんので,解釈の間違いなどありましたら教えていただけますと幸いです.
哲学を学習するにあたって少しだけ大切なこと
ある哲学者の思想を理解するにあたって,私が個人的に大切だと思うことが2つあります.
ひとつは,その哲学者の生きた時代背景を理解するということです.「哲学は「普遍」や「真理」を探求する学問なのでは?」なので,「時代背景も何もないんじゃないの?」と思うかもしれません.もちろんそういった一面もあるでしょう.
が,私がこれまで哲学を勉強してきた限りでは,ヘーゲルという人が『法の哲学』という著書の冒頭で書いた次の一節が,非常に哲学の学問上の特性を表していると思います.
ミネルヴァの梟は迫りくる黄昏に飛び立つ
ヘーゲルいわく,「哲学はもともと、いつも来方が遅すぎるのである。哲学は…現実がその形成過程を完了して、おのれを仕上げたあとで初めて、哲学は時間のなかに現れる」.
つまりどういうことかというと,哲学というのは,哲学者がその時代の人々が考えていたことをまとめあげたものだということです.哲学とは時代を総括したものなのだ,というのがこのミネルヴァの梟という有名な一節の言わんとしていることです.
もうひとつは,哲学は概念の集まりだということです.哲学の別の側面として,「概念 (concept) を創り上げること」があげられるはずです.哲学者はその時代の人々が考えていたことを的確に文章としてまとめあげつつ,そこに新しい「用語」を投入してきました.ライプニッツの「モナド」もそのうちの一つでしょう.「用語」というのはすなわちそのまま「概念」です.
「私的言語の限界こそ世界の限界である」とウィトゲンシュタインも言いました.少し都合よくこの言葉を解釈してみましょう.逆に捉えます.私たちは,自身の抱えているモヤモヤに対してつねに「言葉」を与え,「私的言語」を拡大させることで,新しい世界を創造してきたとも言えるはずです.新しい世界を獲得するための哲学でもあった,ということです.
したがって,ある哲学者の思想を勉強するにあたって必要なことは,
- その哲学者が生きた時代背景 (戦争や宗教が多くの場合契機となります)
- その時代ではどういったことが問題となっていたか
- その問題に対してどういう概念を使ってどう応えたか
を,整理しつつ学ぶと,哲学というものが少しだけわかってくることでしょう*2.
ではモナドは,いったい時代のどのような問題に対して,どのような解決策の概念装置として使われたのでしょうか.まずは,ライプニッツが生きた時代から整理していきましょう.
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ライプニッツと時代
ライプニッツは1646年生まれ,1716年没の人です.17世紀中盤〜18世紀初頭の人です.神聖ローマ帝国で生まれ,同じく神聖ローマ帝国で亡くなりました.神聖ローマ帝国は,今でいうドイツ全土,チェコやイタリアなどにまたがったひとつの大きな帝国でした.ライプニッツはその中でも今でいうところのドイツの領土に住む人でした.
三十年戦争
この時代の大きな出来事は,やはり三十年戦争でしょう.三十年戦争は1618年〜1648年で起こった戦争でした.きっかけは,神聖ローマ帝国内での宗教派閥争いでした.しかしそこに,フランスのブルボン家とスペインやオーストリアなどのハプスブルク家が介入したことで,ヨーロッパ全体を巻き込む戦争に様変わりました.
当時の神聖ローマ帝国は,300もの領邦によってできあがっていました.1555年に決まったアウクスブルクの和議により,各領主は,自身が信仰するキリスト教の派閥を自由に決めていました.ただ,民衆の信仰の自由はその和議では認められておらず,領主vs民衆という構図ができあがる領邦もありました.神聖ローマ皇帝が介入できるほどの権力をもっており,それを修正できればよかったのですが,皇帝は権力が弱く皇帝vs領邦の構図にもなってしまいました.それが,三十年戦争のきっかけでした.
戦争を止めきれなかった神聖ローマ皇帝は,スペインに軍事介入を要請しました.スペインはカトリック側の味方に付きました.スペインはハプスブルク家でした.当時,フランスのブルボン家が徐々に勢力を拡大してきていました.なので,フランスは覇権争いをするために,カトリックの国でありながらもプロテスタント側の味方につきます.これがまた事態をややこしくし,ヨーロッパ全体を巻き込む戦争になりました.
その後に結ばれたウェストファリア条約により,はじめて世の中に主権国家というものが誕生しました.が,その条約で同時に神聖ローマ帝国の領土は見事にバラバラになります.この条約が,神聖ローマ帝国の死亡証明書などと呼ばれるゆえんです.神聖ローマ帝国そのものは残りましたが,皇帝は実質名ばかりの存在となりました.
この戦争は本当に悲惨でした.ドイツ全土は荒廃し,多くの人々が亡くなりました.『人間の記憶のなかの戦争』という本に,当時の戦争の悲惨さを版画にした作品が多く載っています.版画はこのページに載っています.
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ライプニッツの生涯
上からわかりとおり,ライプニッツはそういった荒廃しきったドイツに生まれ,亡くなりました.宗教起因の戦争がいかに悲惨な結果をもたらすかについて,間近で感じてきた人でした.三十年戦争の悲惨さを目の当たりにしてきたので,教会の統一を目標として人生を重ねた人だったようです.ちなみにライプニッツ自身はプロテスタントの人でした.
ライプニッツは外交官をやっていた時期があったということは忘れてはいけないでしょう.教会の統一のために実際に自分自身も実践者とし活躍していました.外交官をやっていたため,世俗的関心と宗教的関心と,各国の政治的関心のはざまで戦った人生だったと思います.ライプニッツは,思想を抽象的な概念で終わらせようとはしない,社会的な実現を望む実践者でした.
ライプニッツは他にもさまざまな分野で活躍した人でした.ニュートンとは違う手法の微分法を発見し,ニュートンと論争を繰り広げたこともありました.あるいは歴史学や法学の方面でも大活躍したマルチな人でした.時代を代表する人々と多くの書簡を交わしたことでも有名です.
ライプニッツの時代の人々が考えていたこと
この時代の人々が考えていたことは,「分裂した教会をなんとか統一したい」ということだったと言えます.宗教の対立がもたらす悲惨な戦争を経験してしまったためです.そもそも対立しない統一理論があればと思ってしまうことは,人間であれば致し方のないことです.
同時代の人にスピノザというこれもまた偉大な哲学者がいますが,彼も同様に「カトリック」「プロテスタント」の枠にとらわれない,独自の神学の世界観を構築した人でした.ちなみにライプニッツはスピノザと面会しており,少なからず影響を受けました.
そんな中でのモナドです.「モナド」という概念から「予定調和」という概念を導きました.ライプニッツは実践者でしたので,本気で調和を実現しようと思っていたことでしょう.では,次の記事でモナドの中身について簡単に紹介したいと思います.
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